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若本 規夫(わかもと のりお、本名:若本 紀夫(読みは同じ)、1945年10月18日 - )は、日本の男性声優。シグマ・セブン所属。身長167cm。体重 57kg。旧芸名は若本 紀昭(わかもと のりあき)。


概要 編集

早稲田大学法学部卒業後、警視庁中野警察学校を経て警視庁機動隊に2年間[1]勤務する。当時は学生紛争が過激化していた情勢下で、1968年の新宿騒乱事件では、機動隊員として最前線で攻防に加わっていた。退官後に日本消費者連盟事務局の創立メンバーを経て、黒沢良のアテレコ教室を経て声優に転じたという異色の経歴を持つ。

大学時代は少林寺拳法と講義に夢中だったので、就職は考えず司法試験や大学院進学を考えていたが、大学院試験に落ちたことに加え家庭の事情もあり10月から就職活動を開始。会社を一つ紹介してもらって三次試験まで残るも、面接前にビルを散策したところ気が萎えてしまいボイコット、その後「ハラハラドキドキする仕事」と就職課に相談したところ、警視庁と消防官の募集を教えてもらい、消防官は近視だったので無理と判断し警視庁に締切間近で書類を出して採用された(当時は警官不足だったので毎月試験を行っていた)[2][1]という。

声優になる決意をしたきっかけは本人曰く、消費者連盟で上司を殴り飛ばし、解雇された後に「安酒をかっくらった後に電車で帰る途中、シートで横になっていると上の棚に置いてあった新聞が顔に落ちてきた」ことであったという[3]。新聞には有名な人物の声優募集オーディションの広告があり、その日は特に何も思わずに過ごしたが、次の日になると「自分は組織や団体というものに向いていない。何か手に職をつけて、腕っ節一つだけでやっていける仕事に就くしかない」と思い、新聞広告のオーディションに参加。オーディション当日、会場に到着すると会場いっぱいに若者達がいたという。若本が「何人採るの?」と役員に聞いたところ「20人」と返され自身の受験票を見ると受験番号が「300番台後半」だったという(かなり高い倍率であったことが伺える)[4]

一度はやめようと思ったが、会場に可愛い娘がいた事に加えて、「もう受験料を払ってしまったのだから受けるだけ受けよう」という気持ちから受験を決心。とにかく刷られた台詞を無我夢中で吹き込んだという。結果養成所の最高権力者だった東北新社の中野寛治に認められ、全員不合格とした他の審査員の意見を跳ね除けた上で採用された。以後、異色の経歴でありながら25歳で声優界へと歩みだしたという[1][4]

名探偵コナン』での担当キャラクター 編集

『名探偵コナン』関連作品での担当キャラクター 編集

脚注 編集

  1. 1.0 1.1 1.2 [[1]]
  2. 130th同志社EVE 若本規夫氏講演会より。
  3. アニメージュ この人に話を聞きたいより
  4. 4.0 4.1 「癒されBar若本」より
  5. 「岩本紀昭」名義。
  6. 「若本紀明」名義。

外部リンク 編集

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